遠藤誉『中国動漫新人類』

この間出張で日本にやってきた三十歳の中国人エンジニアは「スラムダンク」の大ファンで、学生時代には漫画の影響でバスケをやっていたというのでちょっと驚いたことがある。

本書によれば、かつて安価な海賊版として中国の子供たちに爆発的に広まった「スラムダンク」や「セーラームーン」などの日本動漫(アニメ・漫画)は、中国の若者にとって単なる娯楽にとどまらず、民主的な思想を育む「青春の教科書」とも言える存在になっている。中国政府は動漫のような大衆文化の持つボトムアップのベクトルを恐れるあまり、ゴールデンタイムのテレビで日本動漫を放送するのを禁止したり、逆に国内の動漫産業を支援したりコスプレ大会を政府機関で主催するなど対応を模索している。そして、中国の若者自身も「日本動漫大好き」という感情と、江沢民以来の反日教育との板挟みになって、日本に対してダブルスタンダードの感情を持っているという。

著者は1941年に長春で生まれ、幼いころに国共内戦の混乱を経験して十代前半に日本に帰国、現在は日本の大学で中国人留学生の世話役的な仕事をしている人。身近な大学生の生の意見をはじめとして、中国のq&aサイトから興味深い回答をピックアップしてみたり、「スラムダンク」が大好きでバスケにのめりこんだバスケット選手へのインタビュー、日本動漫関係の著作のある研究者や台湾系アメリカ華僑のキーマンに対するインタビューなど、どのエピソードも面白い。自分自身の問題意識を基に一次情報に肉薄してゆく姿には、どこか執念のようなものが感じられる。日経BPのサイトでは本書のダイジェスト的な連載を読むことができる。

本書の後半では日本動漫にとどまらず、中国人が日本に対して抱く反日の感情の起源を探ってゆく。中でも中国特有の群集心理として著者が「大地のトラウマ」と表現する現象が興味深かった。

誰かが「反革命だ!売国奴だ!」と叫び始めたら、自分は「叫ぶ側」につかなければならない。しかもできるだけ「大声で」叫ばなければならない。そうしなければ、いつ自分が逆に「反革命」ある いは「売国奴」のレッテルを貼られるか、わからないからだ。そのレッテルは中国においては「社会的 死刑」を意味する

このあたりの記述も含めて後半は鮮やかな切り口の現代中国論になっている。

中国動漫新人類 (NB online books)

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