金沢文庫〜浦賀〜油壺
関東大震災にまつわる史跡を巡ってみました
鶴見の東漸寺にある故大川常吉氏の碑。震災の混乱で迫害された朝鮮人を保護したひと
横浜市の鶴見警察署長・大川常吉は、保護下にある朝鮮人等300人の奪取を防ぐために、1000人の群衆に対峙して「朝鮮人を諸君には絶対に渡さん。この大川を殺してから連れて行け。そのかわり諸君らと命の続く限り戦う」と群衆を追い返した。さらに「毒を入れたという井戸水を持ってこい。その井戸水を飲んでみせよう」と言って一升ビンの水を飲み干したとされる
横浜地方裁判所。玄関の側に震災の慰霊碑があります
震災を生き延びた横浜開港資料館の中庭にある「たまくす」*1
山下公園は、震災による瓦礫の山を震災復興事業で公園に整備したそうです
公園内のインド水塔
In memory of our countrymen lost in earthquake, September 1.1923.
称名寺に寄り道
運慶展を見学。江戸期には荒廃していた金沢文庫は伊藤博文らの支援で再建されたそうです。(関東大震災で被災、現在の建物は1990年に新築されたもの)
「憲法起草之処」料亭東屋の跡
野島公園。潮干狩り?岩海苔摘み?
旧伊藤博文金沢別邸を見学。入場無料
厨房
憲法草案。一度盗難にあったとか
窓の外に見える海
シンプルだけど贅沢な作り
貝山緑地。海軍予科練の鎮魂碑が建っていました
満開の河津桜
丘の上にある展望台に上ると、
東京湾を行き交う船が見えました
化学プラントなどを横目に見つつ
走水でヴェルニーの水を給水。震災でも水が涸れることは無かったそうです
味美食堂で昼食
アジ定食(゚Д゚)ウマー
浦賀の東叶神社
参道の急な階段を登ると
勝海舟断食の地
黒船が停泊していたあたり
こんな感じだったようです(ペリー記念館の展示物)
吉田松陰・佐久間象山相会処(徳田屋跡)
浦賀ドック
浦賀文化センターを見学。幕臣 中島三郎助に関する展示が充実しています
ペリー公園の記念碑
戦時中は倒されて、代わりに徳富蘇峰の「護国精神振起之碑」の木柱が碑が建てられていました。戦後間もなく米軍の偉い人が来る前に元の石碑を復元したとのこと
三浦半島の西側へ
油壺の基準水準点
油壺験潮場の潮位観測値が永田町の水準原点の基準になっています
フィリピン海プレートの沈込みに伴い年に3mmずつ沈降しており、関東大震災では一気に1.4m隆起したそうです
東京大学地震研究所 油壺地質変動観測所
地層の観察はまた今度…
走り足りない気もするけれど、三崎口から輪行で帰宅
時刻
走行データ
- 走行距離:110.5km
- その他データ消失orz
走行ログ
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*1:施設案内と「たまくすの木」たまくすの木@横浜開港資料館